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2024年4月。私は公務員保育士として社会人生活をスタートしました。しかし、わずか6か月後には適応障害で退職し、人生の方向性を見失っていました。そんな私が、未経験からIT企業に転職し、プログラマーとして働き始めるまでの道のりをまとめてみます。
1.公務員保育士としてのスタート
2024年4月。私は公務員保育士として社会人生活をスタートしました。
この仕事を選んだのは、ただ「子どもが好きだから」ではありません。中学生の頃からずっと胸の中にあった“将来の夢”だったからです。
最初の数週間は覚えることが多く戸惑いながらも、子どもたちの笑顔に救われる毎日でした。小さな成長を間近で見られることは嬉しく、保護者の方から「ありがとう」と言われるたびに、自分の存在が誰かの役に立っていると実感できました。
けれど、同時に胸の奥に重たいものが少しずつ積もっていきました。
朝早くから夜遅くまで続く準備や片付け、書類作成。子どもたちの安全を守るために常に気を張り続ける緊張感。先輩たちのスピードについていけず、迷惑をかけてしまったと感じる日もありました。
「もっと頑張らなきゃ」
「迷惑をかけてはいけない」
「専門職なんだから不安にさせちゃだめだ」
そんな言葉を自分に言い聞かせながら働いていましたが、心のどこかで無理をしていることには気づいていました。
2.心が限界に近づいた6月
ある日、帰り道でふと涙が止まらなくなり、自分でも驚くほど気持ちが追いついていないことを実感しました。朝起きた瞬間から胸が苦しく、夜になると不安が押し寄せてきて、理由もないのに涙が出てしまう日が続きました。
「このまま続けていけるのかな」
「もう限界かもしれない」
そんな思いが大きくなり、初めて“辞めたい”という気持ちがはっきりと浮かびました。
それでも、家族や身近な人にはなかなか言えませんでした。
特に両親には、幼児教育の大学に通わせてもらった手前、「半年で辞めたい」なんて言えるはずがありません。期待を裏切ってしまうような気がして、言葉が喉の奥でつかえてしまいました。
このままではダメだと思い、私は衝動的にカウンセリング窓口へ向かいました。予約もしていなかったため「少しだけなら」と渋々通してもらえることに。椅子に座った瞬間、張りつめていたものが一気に溢れ、思いがけず涙がこぼれました。
担当の方は驚きながらも、そっとティッシュを差し出し、静かに話を聞いてくれました。
「辞めるべきだ」と背中を押すことはありませんでしたが、最後に名刺を渡しながら「つらくなったら、ここに電話していいからね」と声をかけてくれました。
帰り道、押しかけてしまった申し訳なさは残っていたものの、心の重りが少し軽くなったような感覚がありました。
行き詰まったときには、誰かが助けてくれるかもしれない。そんな小さな希望が胸に灯り、「自分にできることをやってみよう」と思えるようになりました。
3.転職活動開始
心が決まった私は、さっそく転職の方法を調べ始めました。
そして「転職エージェントを使うのが良さそうだ」という結論にたどり着きます。
最初に登録したのはマイナビジョブ20’s。
面談ではこれまでの経緯を正直に話し、職務経歴書や自己PRも一緒に作ってもらいました。担当者が選んでくれた2社に書類を出すと、どちらも書類選考を通過。
「本当に通るんだ…」
驚きと同時に、少しだけ自信が芽生えました。
ただ、IT志望だった私に対し、マイナビでは紹介できるIT企業が少ないと言われました。
そこでリクルートエージェントにも登録。こちらは“数を打つ”スタイルで、通過率は25%ほど。落ちることも多かったですが、応募数が多い分、前に進んでいる実感はありました。
さらにIT特化のエージェントにも登録しましたが、担当者と合わず利用しないことに。
転職活動は“誰と進めるか”も大切だと、このとき初めて気づきました。
4.面接ラッシュとメンタルの揺れ
書類が通り始めた頃から、生活は一気に慌ただしくなりました。
とはいえ、保育士としての仕事を疎かにはできません。
出勤日の面接はすべてオンラインにし、早番の日の勤務後に入れる。対面の面接は休みの日にまとめて入れる。というように、できる限り工夫をしていました。日程調整はすべてエージェントが行ってくれ、本当に助けられたなと実感しています。
それでも、仕事と転職活動の両立は想像以上にハードでした。
圧迫面接もありました。
詰問のような口調に耐えていたのに、最後は「あなたはいりません」と一方的に切られ、画面越しでも心が折れそうになりました。落ちたときのショックも大きく、
「やっぱり転職なんてやめたほうがいいのかもしれない」
「保育士を続けるしかないのかな」
と何度も思いました。
しかし、そう思えば思うほど保育の仕事がしんどく感じるようになりました。
子どもたちは可愛いのに、体がついていかず、心が重い。気持ちを楽にする方法を求めて精神科を受診すると、診断は「適応障害」。
悲しさと同時に、「やっぱり転職活動を頑張ろう」という決心がつきました。
診断書は出されましたが、休職して転職活動をするのはタブーな気がして職場には提出しませんでした。
面接ラッシュ、仕事の責任、心の揺れ。
すべてが重なっていた時期でしたが、今思えば“勝負の時期”だったなと思います。
5.内定獲得と退職交渉
8月下旬。面接ラッシュが続く中で、ついに2社から内定をいただきました。
電話を切ったあと、「新しいステージへ進むんだ」という不安と安堵が入り混じるような気持ちが胸に広がりました。
最終的には、自分の興味に近い仕事ができる会社を選ぶことに。
退職の話は、まず一番近くで支えてくれていた先輩に相談しました。驚かれつつも責めることなく耳を傾けてくれ、その後、園長先生へ正式に退職の意向を伝えました。
9月30日まで勤務することになり、有給も消化させてもらえることに。心と体を整える時間ができ、少しずつ気持ちにも余裕が戻っていきました。
最終出勤日には、子どもたちの笑顔や先輩方の温かい言葉に触れ、「ここで働けてよかった」と自然に思えるほど、穏やかな気持ちで職場を後にしました。
こうして、公務員保育士としての半年間にひと区切りをつけ、新しい道へ踏み出す準備が整っていきました。
6.IT企業での新しいスタート
10月、私はついにIT企業での新しい生活をスタートさせました。
未経験での挑戦だったので緊張もありましたが、それ以上に「どんな未来が待っているんだろう」というワクワクが大きかったです。
専門用語に戸惑いながらも、新しいことを学ぶたびに視界が開けていくような感覚がありました。
最初に任されたのは簡単なテスト作業や資料作成でしたが、ひとつひとつ覚えていくうちに「自分にもできることがある」と思える瞬間が増えていきました。
この先どうなるのかは分からない。
でも、半年間泣きながら働いていたあの頃とは違い、未来に対して少しだけ前向きな気持ちを持てている自分がいました。
新卒半年で辞めても人生は続く
公務員保育士として働き始めた2024年4月。
半年後には適応障害で退職し、人生の方向性を見失っていました。
それでも、カウンセリングに行き、転職サイトに登録し、面接に挑み、落ち込んで、また立ち上がって。その繰り返しの中で、少しずつ自分の人生を取り戻していきました。
そして今、未経験のIT企業で新しいスタートを切り、未来に対してドキドキしながら歩き始めています。
半年で辞めても、人生は終わりません。
むしろ、そこから新しい道が開けることだってあります。
「一度つまずいても大丈夫。人生は何度でもやり直せる」
この経験が、今まさに悩んでいる誰かの心に、そっと届きますように。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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